五章
 そして十日ほどが過ぎ、夏休みからクラスメートが準備してきた学園祭になった。とい
えども、月夜や、夕香はばたばたしていたためにまともに手伝えず、結局裏方の仕事に回
ってくるくると働いていた。
 また残暑厳しい日だったが、さすがと言うべきか疲れ知らずに熱いところにこもって機
材の設置や大道具小道具の準備を淡々とこなしていた。
「さすが、調子悪い機材まで直しちまうなんてな」
 茶化しにきたのか、二人で楽屋に残ってだれていた所を和弥が割り込んできた。買って
来てくれたらしい冷たいお茶を受け取って口をつけると月夜が深く溜め息をついた。
「まあな。あんなの、なんで技術家庭の先公が直せねえんだよ、普通に絶縁テープはがし
て埃とっただけだっつーの」
「ははは、あのままじゃ、火事になってたかもな」
「全くだ」
 怒ったようにいう月夜に夕香はお茶を手に持って首筋に当てながらくすくす笑った。
「で、お前ら、どこまで進んだんだよ」
「何が?」
「とぼけても無駄だぞ、もうクラス中知ってんだからな」
「だから何が?」
「付き合ってんだろ、お二人さんは」
 その言葉に吹いてしまった。二人とも吹いて、その反応に手ごたえありと感じたのか、
和弥はニマニマと笑い始めた。
「で、どこまで?」
「うるせーな、そっちこそ、夏休みに進展はあったのか? 確か、旅行するとか行ってた
じゃないか」
「るせーな」
 月夜の言葉と真っ赤になった和弥の反応に夕香は目を見開いた。
「あんた達、もうそこまでいっちゃったの?」
「らしいな。で、どうだった?」
「そんなの言えるわけねえじゃないか。お前も答えてないじゃん」
「別に俺達はなぁ?」
 旅行してないし夜もご飯一緒に食べてるぐらいだからなあと目でいってきた月夜にしっ
かり頷いて夕香は面白そうに和弥の上から下まで見た。
「へえ、あのお調子者の和弥くんがねえ」
「うるせーっ。お前達だって、夜、逢瀬重ねてんだろ」
「お、逢瀬という言葉が出てきたな、二十点」
 とっさにうつむいた夕香に気が行かないように月夜が言った。もう腹の探りあいだ。ふ
と外に意識を向けると、クラス中の気配があった。そういうことかと思って月夜に目を向
けると苦笑して頷いた。
「当たり前だろっ」
「ま、出てくるって事はそんな小説でも何でも読んだってことだよな? てことはそうい
うことなんだよなあ? 和弥」
「うるせーな」
 完全に言い包まれている。多分、外では深華が頭を抱えているだろう。さあ、暴露させ
るかと意地の悪い光を目に宿した月夜に、本当は犬ではなくて狐や狸の血を引いているの
ではないかと錯覚した。
「で、お前は逢瀬を重ねているのか?」
「お前に話すことはないっ!」
「へえ、じゃあ、俺達も、話さなくていいか」
 その口調に、夕香は内心、狐以上の狐だと叫んでいた。月夜はにやりと笑って和弥を見
た。
「……」
 和弥はうなっている。月夜は夕香に目配せして頷いた。夕香が月夜の傍によって和弥を
覗き込む。二人対一人。狐二匹と人間の化かし合いだ。どちらのせよ、勝つのは夕香たち
だ。
「俺は」
 吐くかと二人で見ると和弥は顔を真っ赤にしてうつむいた。外にも緊迫した空気が流れ
る。
「夜は、会ってねえよ」
「へえ、俺達は夜に会ってるけど?」
「えっ」
 露骨に真っ赤になった和弥に月夜と夕香でにいっと笑って見せた。夕香はらしいが、月
夜にはあまりないことだ。不吉な予感を感じる間もなく和弥が顔を引きつらせた瞬間だっ
た。
「深夜には会ってないもんねー」
 その言葉に和也がぐっと呻いた。月夜たちに軍配が上がった瞬間だった。外も盛大にこ
ける音がした。夕香がたたたと走って扉を開けると何人かが中に入ってきて和弥を小突き
回した。
「お前、やっぱそういう関係だったのか。このっ」
「うるせー。そこまで言ってない」
「そこってことはそれの直前までのことはしたんだなっ」
 ここまできたら、もう逃げられないだろう。月夜と夕香をおもちゃとしようとした罰だ。
さっさと二人でずらかるとちょうど涼しい風が吹いていた。自販機の近くを陣取って購買
から出てくる人の波を眺めた。
「大盛況だな」
「あたし達の所だってそうだったじゃん」
 スペシャルゲストとして卒業生でメジャーデビューしている先輩を呼び込んだのが功を
奏したのか、例年以上の賑わいっぷりだった。
「ははは、そうだな」
 肩をすくめる月夜に何人かの女子がそれを見て顔を紅く染めた。かなりの美形で通る月
夜だからだろう。はたかれ見れば美男美女だが、よく知る人たちから見れば最悪の組み合
わせだろう。
 和弥をやり込めたところから二人とも、かなりの策士だ。夕香は学力が低い故にあまり
攻撃にはならないが、発案がものすごい事になるときがある。それに月夜が組み合わされ
ればという事で最悪の組み合わせなのだが、月夜は時として夕香以上に黒いと思うことが
ある。本当に、狐じゃないんだろうかと疑うぐらいだ。
「卒業か」
「もう半年後なのね」
「うん」
 お茶を弄びながら月夜は卒業するときにはどうなっているのだろうかとふと思った。最
近、近い未来に思いを馳せるようになってきた。いいことなのだろうか。
「半年で変わることなんてないよね」
「さあな。何があるかわかんねーから」
 達観したように言う月夜に夕香は溜め息をついた。お茶に口をつけて目を伏せて、何か
が引っかかったのを感じた。
「なんかいるな」
「うん」
 何気なくいう月夜は慣れているのだろうか。さすがに学校にまで何かが来られたら困る
んだけどなあと内心思いつつも頭に浮かんだところに足を運んだ。


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